早期からの緩和ケアの研究について

サマリー

 早期緩和ケアは2010年のTemelらの報告により、そのQOLに与える効果と、また生存期間の延長が示唆されたことで世界的に注目を集めた。その後、Temel自身に加えて世界中(主に欧州・豪州)から早期緩和ケアのランダム化比較試験の結果が報告されたが、その結果は様々で、効果も一定していなかった。

 しかし、2017年にコクランレビューを含む2本のシステマティックレビューが公表され、「効果としてはわずかながらもQOLを向上させることが期待できる」とされた。またASCO(米国臨床腫瘍学会)などのガイドラインにおいても、早期緩和ケアの手段としての「腫瘍内科と緩和ケアの統合」を推奨することとなり、世界的には早期緩和ケアを何らかの形で取り入れていくことは標準治療のひとつと位置づけられた。また2019年に報告された、腫瘍内科と緩和ケアの統合に関するメタアナリシスではQOLの改善、症状の緩和、また生存期間の延長効果があるとも報告された。

  また、患者本人ではなくケア提供者(家族など)に対する早期緩和ケアの効果も研究されており、こちらは抑うつや不安など心理的症状の改善があったとする複数の報告がある。

 

 ただし、癌種や年齢、性別などによってその効果は変わるのではないかともされており、介入するのに適切な患者像を特定する研究が進められている。その流れの中で、最近では"Trigger"という用語も文献で用いられるようになっており、どのような状況・状態をトリガーとして専門的緩和ケアに紹介されるのがベストかを探る試みもされている。ただし、どのトリガーツールを用いるのが良いのかについてはエビデンスに乏しい。実臨床においては、マンパワーや施設資源の問題、また患者の通院負担などの問題から、患者全員を診断後すぐに早期緩和ケア外来に紹介することは現実的ではない。介入必要性が高い患者を同定し、早すぎず遅すぎない適切な時期を計っていくことが求められている。

 

 早期緩和ケアに関するランダム化比較試験の結果は、本サマリー執筆時点で2021年まで報告があるが、近年の報告では主要評価項目であるQOLを含め、その効果に有意差がつかないものが多い。それは腫瘍内科医自身が提供する基本的緩和ケアの質が向上したことによるのかもしれないし、ベストな介入方法が未だ一定しないことに原因があるのかもしれない。

 本邦においても、がん治療医の基本的緩和ケアの技術は高まってきており、地域や施設によっては早期緩和ケア外来をしなくても、十分な緩和ケアが提供できているであろう。しかし一方で、早期からの緩和ケアが必要とされる患者がいることも事実である。どういった患者背景や状況において専門的緩和ケアにつなげるのがベストなのか、まだまだエビデンスには乏しいものの、その受け皿となる外来は確保し、関係者各位が試行錯誤していくことが必要であり、その取り組みが患者や家族の人生を支えることにつながるのではないかと考えている。

(文献検索 Last UpDate 2022/1/15)

一般社団法人プラスケア代表理事

西 智弘

早期緩和ケアに関する主要文献一覧

ここで紹介する文献は早期緩和ケアに関する数多くの報告の一部のみです。ランダム化比較試験から質的研究まで、数多くの研究が為されていますので、ぜひメタアナリシス・システマティックレビューの対象研究や各論文の参考文献などもご参照いただければ幸いです。

 

Temel JS, et al. Early palliative care for patients with metastatic non-small-cell lung cancer. N Engl J Med 363:733-742, 2010.

転移のある非小細胞性肺がんと新規に診断された患者151名が、標準治療群(患者本人や家族,腫瘍内科医の要望があった時に緩和ケアチームがかかわる)と、早期緩和ケア群(診断後早期から緩和チームがかかわり、その後も定期的にケアを受ける)にランダムに振り分けられ、その後のQOLや不安・抑うつ,生存期間を調査。その結果、QOLや抑うつの改善だけではなく、生存期間が延長することも示唆された。

 

Ferrell BR, et al. Integration of Palliative Care Into Standard Oncology Care: American Society of Clinical Oncology Clinical Practice Guideline Update. J Clin Oncol. 2017; 35: 96-112.

抗がん治療と並行しての早期緩和ケアが入院および外来で提供されるべきとしたASCO(米国臨床腫瘍学会)ガイドライン。その内容は以下の項目を含むべきとされている。

 

・患者および家族とのラポール形成

・症状や身体機能のマネジメント(例えば、痛み、呼吸困難、疲労、睡眠障害、気分、悪心、便秘など)

・病気や予後に関する理解の確認と教育

・治療目標を明確にすること

・コーピングについてのニーズ評価と支援

・医学的な面での意思決定支援

・他のケア提供者との調整

・指示に応じて他のケア提供者への紹介を行う

 

Haun MW, et al. Early palliative care for adults with advanced cancer. Cochrane Database Syst Rev. 2017; 6: CD011129.

早期緩和ケアに関するコクランレビュー。抑うつや生存期間の改善についてはエビデンス不十分とされた一方で、健康関連QOL改善に対する効果は弱いながらもあると評価された。

 

Hui D, et al. Models of integration of oncology and palliative care. Ann Palliat Med. 2015; 4: 89-98.

早期緩和ケアを実現するための方法として、腫瘍内科と緩和ケアの統合が求められる。その具体的な統合の方法について、「時間モデル」「プロバイダーベースモデル」「システムモデル」など具体的な実践について考察した文献。

 

Yoong J, et al. Early palliative care in advanced lung cancer: a qualitative study. JAMA Intern Med. 173: 283-90, 2013.

早期からの緩和ケアにおいて実際にどのような介入が行われたかの報告。初期では面談を通しての医療者と患者・家族との関係構築、病状・進行度の正確な理解の支援、症状緩和、コーピング(ストレス対処)、家族のケアなどが行われ、後期ではend-of-life discussion(EOLd)や意思決定支援などが重要視されていた。

 

Temel JS, et al. Longitudinal perceptions of prognosis and goals of therapy in patients with metastatic non-small-cell lung cancer: results of a randomized study of early palliative care. J Clin Oncol.29:2319-26, 2011.

がん患者の多くが、抗がん治療中に自らの病状や予後、治療の意義などを正確に理解していない。早期緩和ケアを受けることでその認識が改善され、不必要な治療を受ける割合が減ったことを示した報告。

 

Temel JS, et al. Effects of Early Integrated Palliative Care in Patients With Lung and GI Cancer: A Randomized Clinical Trial. J Clin Oncol. 2017; 35(8):834-841.

早期緩和ケアが肺癌患者において有用であった一方で、他の癌種ではどうかということを検証した研究。結果として、消化器癌においては早期緩和ケアの効果は乏しく、癌の種類によって適切な介入時期があるのではないかと示唆された。

 

Nipp RD, et al.  Differential Effects of Early Palliative Care based on the Age and Sex of Patients with Advanced Cancer from a Randomized Controlled Trial. Palliat Med. 2018; 32: 757–766.

上記Temelの研究データを用いた解析。早期緩和ケアは肺がんの若い患者においてコーピングの質を高めたが、高齢の患者にとっての有用性は低かった。また、早期緩和ケアを受けた肺がんの男性患者は、QOLが向上しうつ病スコアも低かったが、女性患者では有意ではなかった。年齢や性別によって早期緩和ケアの効果は変化するかもしれない。

 

Jawahri A El, et al. Effects of Early Integrated Palliative Care on Caregivers of Patients with Lung and Gastrointestinal Cancer: A Randomized Clinical Trial. Oncologist. 2017; 22: 1528–1534.

上記Temel研究の付帯研究。早期緩和ケアがケア提供者(家族など)に与える効果について。早期緩和ケア介入によって、抑うつや精神的苦痛、不安といった心理症状の改善が認められた。

 

Hui D, et al. Referral criteria for outpatient specialty palliative cancer care: an international consensus. Lancet Oncol. 2016; 17: e552-e559.

日本を含む全世界60名の腫瘍内科医や緩和ケア医に対し、専門的緩和ケアにつなぐべきタイミングについて質問し、デルファイ法を用いまとめたもの。特に「Time-based criteria」からは「がんの種類や進行度によって紹介のタイミングを変えるべき」ことが示唆される。

AE Hughes, et al. Telephone interventions for symptom management in adults with cancer. Cochrane Database Syst Rev. 2020; CD007568.

電話を中心とした(早期も含む)緩和ケアの効果に関するコクランレビュー。介入のほとんどは看護師によって行われ、うつや不安、精神的苦痛、倦怠感の軽減に効果がある可能性があるものの、相反する結果もありエビデンスの確実性は低いとされた。

 

EA Kistler, et al. Triggered Palliative Care Consults: A Systematic Review of Interventions for Hospitalized and Emergency Department Patients. J Pain Symptom Manage. 2020;60:460-475.

がんと診断されてすぐに介入するのではなく、何らかの「トリガー」によって緩和ケアの恩恵を受ける患者を特定し、経過の早い段階で紹介してもらう方法についてのレビュー。現時点では、研究の不均一性などのため、どのトリガーツールを用いるのが適切かという標準化はされていない。

 

JJ Fulton, et al. Integrated outpatient palliative care for patients with advanced cancer: A systematic review and meta-analysis. Palliat Med. 2019; 33: 123–134.

早期緩和ケアの手段としての、腫瘍内科と緩和ケアの統合に関するメタアナリシス。統合された外来モデルによって、QOLの改善、症状の緩和、また生存期間の延長が期待できることが報告された。